大阪地方裁判所堺支部 平成4年(ワ)1311号 判決 1997年2月03日
大阪府<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
平山正和
同
村田浩治
同
若林学
東京都千代田区<以下省略>
(送達先
大阪市<以下省略>)
被告
大和証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
阿部幸孝
主文
一 被告は、原告に対し、金四二三万六八三九円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一請求
一 請求の趣旨
被告は、原告に対し、金八四四万三六七八円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
請求原因
一 原告は、大正一五年○月○日生まれの男性で、本件当時は個人タクシー業を営む自営業者である。
被告会社は、証券取引法に基づく有価証券の売買等を業として営む株式会社である。
二 本件ワラント取引と損害
1 原告は、昭和六三年一一月、被告会社大阪支店営業第一課長訴外B(以下「B」という。)が乗客として原告のタクシーに乗車したことから知り合い、同人と親しくなり、同人は原告のタクシーをしばしば利用することとなった。
そして、Bは、原告のタクシーを利用した際にしばしば証券投資の話をするようになり、原告はBから「銀行の金利以上になるようにしてあげる」と言われたことから、Bを信用することとなり、Bに言われるまま、平成元年一月頃より株式の取引をするようになった。
2 取引の方法としては、原告に株式の知識がほとんど無いに等しいので、原告はBを信用して、Bに任せきりであった。
原告は、平成元年一二月一四日、Bより電話で「日通株を買う。」、同月一五日に「住友不動産株を買う。」との連絡を受け、そのたびに言われるままに買付けを依頼し、買付費用八一三万一六八七円については、原告が当時有していた東洋ゴム株式会社の株式を売却した代金に不足分四一万七九一九円を加えた金額を同月二二日に被告会社に送金した。
送金後二日位してから、被告会社から「取引・応募報告書」及び「外国証券・外国証書取引報告書」が送付されたが、原告はその意味が理解できず、株式取引であると思っていた。
右の経過であるので、Bからも被告会社からもワラントに関する説明は全くなかったので。原告はワラントが何であるか全く理解しないままであった。
したがって、この経過からすれば、原告と被告会社との間にはワラントの取引が成立したものとは言えない。
3 ところが、平成二年一月になって被告会社東京事務センターから「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「説明書」という。)の送付を受けた。
説明書によれば、ワラントは無価値になることもあるとの記載があり、原告は本件取引が株式の取引ではなくてワラントの取引であることがはじめて分かり、株式では通常無価値になることはないので不安になり、Bが原告のタクシーを利用した際に原告が尋ねてみると、Bは、「株式と同じで株式が上がればワラントも上がり、株式が下がればワラントも下がる、値下がりして申し訳ない」との返事をするだけで、ワラントと株式の違いやワラント取引の仕組みやリスクなどの具体的な説明はしなかった。
原告は、Bが原告のタクシーの上得意なのでそれ以上追求することもできず、ワラントがどの様なものであるかを理解せずにいた。
4 被告会社が原告のために取引したとの報告のあったワラント(以下「本件ワラント」という。)は次のとおりである。
① 日通(Nニッツウ)外貨建ワラント
約定年月日 平成元年十二月十四日
受渡年月日 同年十二月十九日
数量 一〇万ドル
単価 三〇・〇〇
為替レート 一四四円七五銭
購入代金 四三四万二五〇〇円
② 住友不動産(Sスミトモフ)外貨建ワラント
約定年月日 平成元年十二月十五日
受渡年月日 同年十二月二五日
数量 一〇万ドル
単価 二六・二五
為替レート 一四四円三五銭
購入代金 三七八万九一八七円
5 ところが、ワラント価格は下落し、平成三年六月六日、原告はB及び被告会社大阪支店営業第一部長であるC(以下「C」という。)、および同大阪支店営業管理部長D(以下「D」という。)と損害の解決策について話し合い、BとCは原告に、ワラントと原告の株式を売却して、外国株式を買って損害を取り返すことを勧めたので原告はそれに従い、平成三年六月一三日に本件ワラントを売却したところ、日通ワラントが三五万二三一五円、住友不動産ワラントが一〇万五六九四円であり、ワラントの購入金額八一三万一六八七円より右清算金を差し引いた金七六七万三六七八円の売却損を出した。
三 不法行為責任
1 証券取引法一五七条違反
証券取引法一五七条には証券取引の公正化を図るために、何人も、有価証券の売買その他の取引について、不正の手段、計画または技巧をなす行為(同条一号)、重要な事項について虚偽の表示があり、又は誤解を生じさせないために必要な重要な事実の表示が欠けている文書その他の表示をして金銭その他の財産を取得する行為(同条二号)を禁止している。
しかるに、Bは右義務に違反して本件ワラントの取引に当たり、原告に対して、「日通株を買う」「住友不動産株を買う」と虚偽の事実を告げて原告名義で本件ワラントを購入し、本件取引が株式の取引であるかのように誤信させたうえで購入代金を支払わせたものであり、右は詐欺行為であり証券取引法一五七条に違反する行為である。
2 説明義務及び確認書事前徴求義務違反
ワラントとは、一定期間内に一定の価格で一定量の新株式を買い取ることができる権利が付与された証券であり、具体的には、新株引受権付社債(ワラント債)の発行後に、ワラントと社債券に分離された場合のワラントの部分を指す。
そこで、ワラントは、商品の特徴や性格が株式、債券、投資信託等の一般の有価証券とは異なったものとなっている。
ワラントの投資については、特徴や性格に照らし、以下のような重大なリスクが伴う。
(一) ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格をもつ証券である。
(二) ワラントの価格は理論上、株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向がある。従って、株式よりも値下がりも激しく、場合によっては、投資金額の全額を失うこともある。
(三) 外貨建ワラントに投資する際は、外国為替の影響を考慮に入れる必要があり、ワラントの価格が一定であっても、当該通貨に対して、買付け時より円高になれば、為替差損が発生する。
(四) しかも、ワラントは株式等と異なり、証券取引所に上場されず、店頭において相対取引で売買される。
(五) そこで、公正慣習規則第九号第六条第三号では、「協会員は、顧客と新株引受権証券取引……にかかる契約を締結しようとするときは、あらかじめ、当該顧客に対し、本協会……が作成する説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分に説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るため、当該顧客から新株引受権証券取引……に関する確認書を徴求するものとする。」旨定め、協会員に対し、ワラント取引に関する契約を締結するに際して、説明書の事前交付義務、事前説明義務、確認書の事前徴求義務を課している。
ところが、本件各ワラント取引に先立ち、被告から原告に対し、本件説明書を交付した事実がなく前記説明書交付義務に反している。
またBは本件各ワラント取引に先立ち、原告に対しワラントの意味及びワラント取引のリスクについて何らの説明もしなかったのであるから、事前説明義務に違反している。
更に、本件各ワラント取引に先立ち、原告から確認書を徴求した事実がなく、確認書の事前徴求義務違反にも違反している。
四 被告会社の不法行為責任
Bが行った本件ワラント取引は、被告会社が組織的に行った違法なワラント取引の一環であり、Bは被告会社から課せられたノルマを果たすべく、被告会社の担当者として本件取引行為を行ったものであり、被告会社は民法七〇九条の不法行為責任がある。
また、被告会社はその事業遂行のためBを使用して違法なワラントの販売をさせて原告に損害を被らせたのであり、被告会社は民法七一五条に基づき原告に対して損害賠償義務がある。
五 損害
原告は、右売却損七六七万三六七八円及び本件訴訟追行のため原告訴訟代理人弁護士に支払うべき弁護士費用として七七万円、合計八四四万三六七八円の損害を受けた。
請求原因に対する認否
1 請求原因第一項は認める。
2 請求原因第二項1については、Bが「銀行の金利以上にしてあげる」と言ったことはない。その取引がBに任せきりであること、原告が、Bから連絡を受け、日通株、住友不動産株について言われるまま買い付けを依頼したことは否認。同2については、買付費用の充当の仕方及び送金の方法については認める。報告書を送付したことは認めるが、その発送は取引約定日の翌営業日である。原告が株式取引とばかり思っていたこと、B及び被告会社がワラントについて説明しなかった点は否認。同3については、被告会社から「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を送付したことは認める。
右説明書により、原告がワラント取引を認識したとの点は否認。Bが原告のタクシーを利用した際に、ワラントのことを尋ねられた事はあるが、Bは当時週に二、三回原告のタクシーを利用していたので、ワラントの話は平成元年一二月一四日に購入して以来何回もしている。
ワラントの仕組みやリスクを説明しなかった点は否認。同4は認める。同5については、被告会社大阪支店で話し合ったことは認める。
本件ワラントの売買価格については認めるが、CやBの指示によって売付けたことは否認。
3 請求原因三項については、証券取引法一五七条の規定の内容は認めるが、Bが右規定に違反したことについては否認。
ワラントの仕組み、リスクについては認める。
事前説明義務違反、確認書事前徴求義務違反については否認。
4 請求原因四項、被告会社の責任は争う。
5 請求原因五項、本件ワラントの買付代金から売付代金を控除した差額が七六七万三六七八円であることは認めるがその余は争う。
被告の主張
一 自己責任の原則
証券取引は投資家が自己の利益追求を目的として行う経済活動であり、一旦自己の意思に基づいて投資活動に参画すると決断した限り、投資を行うについての状況や資料は投資家自身によって調査、収集するのが原則である。
従って、経済状況の急変などによって証券会社の提供する資料、情報による予想判断が狂ったからといってその責任を証券会社に帰することはできない。
二 原告とBの証券取引開始の契機
Bが原告のタクシーを利用することになり、同じ郷里だという事で親しみが増し、週に二、三回の割合で利用したが、原告から証券取引を行いたいと言ってきたので、証券取引は決して儲かるものではなく簡単に利益を得られるものではない旨を伝えていたものであり、Bから証券取引を勧めたものではない。
Bは原告の申込みに対して、Bが担当者になることにより起こる利害関係を避けようとして、前勤務地の被告会社難波支店を紹介したが、原告がBを担当者にして取引することを強く希望したので、平成元年一月三〇日からBが在籍する大阪支社で取引が始まった。
三 本件ワラント取引までの原告の証券取引経験
Bは原告が証券取引の経験がないので、はじめは中長期保有に適する電力株式の取引から始めることとし、原告は郷里の中国電力の買付を希望したので、平成元年一月二七日中国電力株式一〇〇株を買付けた。
このように、原告も取引の内容については、盲目的にBの言葉に従ったものではなく、Bの説明を理解したうえで購入したものである。
原告は中国電力の株式を買付後、Bの紹介した日立製作所、昭和電線電纜、川崎製鉄などの転換社債の買付、売却の取引を重ねたが、その間に中国電力の株式の買い増しなどしていた。
Bは、転換社債の購入については、転換社債についての説明を行い、新規発行の転換社債については、プレミアムが取得できる率が高い旨伝えて勧めたものである。
原告はBのこのような説明に対して理解できない点は質問したりして納得したうえで取引していたのである。
東洋ゴム株二〇〇〇株を買受けたときも、手持の川崎製鉄の転換社債を売却して買付けたものであり、株式が買付後下落したので売却を勧め、結局一〇〇万円近い利益をあげた。
このように原告は本件取引前には証券取引について相当程度の知識を有していた。
四 適合性の原則について
原告の証券取引についての適合性の原則は、大蔵大臣が証券会社に対し行政処分をする要件に過ぎなく、個々の投資家に対する投資勧誘に対する関係で証券会社に対する法的義務として定めたものではない。
証券取引については、原告が積極的に取引をする意思を有して取引を始めたのであり、原告は証券取引には危険が伴う事を認識していたものである。
Bから原告に対して、証券取引を行うについての基本的な考えとして三つの原則があることを説明していた。
三つの原則とは、余裕を持った資金であること、目途をもって取引に当たること、自らの判断で行うことである。
また、原告は転換社債、東洋ゴムの株式の売却など証券取引の経験を経ており、証券の商品の是非を判断する能力は有していたのであるから、適合性に欠けるところはない。
五 本件ワラント取引と説明
本件ワラントの購入を勧めた当時は、日本経済はバブル経済の最盛期であり、証券市場も好況であり、ワラントは投資効率の高い商品として人気を博していたのであり、Bの判断は当時としては何ら落ち度はない。
平成元年一二月一四日、Bは原告に日通ワラントを紹介したのであるが、それ以前にもワラントの話は原告にしており、当日も電話でワラントについて、ワラントは新株を予め定められた価格で引き受けることのできる権利であること、権利の行使期間が定められており、期間経過によって権利の価値を失うこと、ワラントの価格は株価に影響され、株価の三倍程度の値動きをするハイリスク、ハイリターンの商品であることについて説明し、日通、住友不動産双方については、不動産を多く所有しているので、ワラントの値上がりが見込めることについて説明しており、この説明に対して、原告は一旦は見送ろうとの態度を示していることからすれば、原告は内容を理解したのである。
取引が成立してからは、被告会社は直ちに原告に取引報告書で取引内容について報告しており、また受渡日には原告はワラントの預り証を交付している。
また、被告会社からは日時を置かずに原告に対して、「分離型ワラント」と題する説明書を送付し、Bは原告に対して「ワラント取引に関する確認書」、並に「外国証券取引口座設定約諾書」の差し入れを求め、右書類に原告の署名押印をして差し入れも得ている。
原告は「外国証券取引口座設定約諾書」の差し入れについては、正月休みに読んでから返送するとして、翌年の平成二年一月一五日に作成して被告会社に返送している。
このようなことから原告は本件については熟慮検討のうえ、取引を行っていたものである。
もし、原告が誤った商品を買ったということであれば、その時点で直ちに其の旨連絡すべきであるのにしなかったのであり、もし連絡があればワラント価格の大きな下落のないうちに売却できたのである。
六 公正慣習規則について
公正慣習規則は、証券会社の利益のために証券業協会において定められた自主規定であって、証券会社に対して法律上の義務を発生させるものではない。
そもそも、証券取引のように、刻々価格が変動する商品への投資を勧誘する場合、一刻も早く顧客の注文を取付け執行しないと売買チャンスを逃してしまう恐れがあるため、勧誘は電話でなされる場合が伝統的に多く、取引を始める前に確認書を予め徴求することは事実上不可能であるし、右慣習法の定は「取引開始に当たっては……を徴求する」、と定めており、取引開始に先だってとしていないのであるから、取引開始後遅滞なく徴求すればいいのである。
七 取引成立後の価格報告と処置について
取引開始後、平成二年一月初めからの株価の急落があったが、当時の見方としてはいずれ反騰があるものと予想していたのである。
Bは、原告にタクシーを利用した際には、株価の下落について報告をし、やがて回復するという予想を述べて、原告もしばらく様子をみることに同意していた。
ところが予想に反して不況に向かったので、ワラント価格が三分の一程度に下落した平成二年七、八月頃、一旦売却を勧め、原告も了解したが、原告の了解を得た金額よりも売却日の価格が更に下落したので、売却の機会を逸してしまったのである。
平成三年三月頃になり、Bが上司のC部長と原告のタクシーに乗り合わせたとき、Bは、C部長から原告の本件ワラントを早期処分して売却をしていないことについて叱責を受けた。
その時点に於いてはワラントの価格は大きく下落し、売却してもその価格は少額であったが、早期売却処分をするのが妥当か、行使期間まで所持して経済の好転を待つか判断しかねる状態であった。
ところが原告はC部長の叱責以降Bに対する信頼を失い、Bが原告を指導することは困難となり、ワラントの売却を原告に積極的に勧めずそのまま経緯した。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書記目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 争いの無い事実及び証拠により認められる事実
原告は、昭和四六年頃から個人タクシー業を営む自営業者である。
被告会社は証券取引法に基づく有価証券の売買等を業として営む株式会社である。
昭和六三年一一月、被告会社の従業員であるBが、当時住んでいた西宮市甲陽園の自宅に帰る際、原告のタクシーを利用したことから原告とBが知り合うようになった。
Bの郷里が福山であること、原告も広島県福山市の出身であるので、同郷ということで親しみを覚えるようになり、その後Bは、原告のタクシーをしばしば利用することとなった。
Bは、一週間の内二、三度の割合で頻繁に原告のタクシーを無線で呼び寄せて利用していた。
Bがタクシーを利用した際に、Bの仕事の関係で株の話が出て、原告は、タクシーの上得意であるBを担当者として株取引をするようになった。
なお、原告はBと知り合う以前には株取引の経験はなかった。
平成元年一月二七日に、原告の郷里に関係があり、株価として安定している中国電力の株式を一〇〇株買った(購入金額四三万〇一〇〇円)。
その後、原告は、平成元年三月二五日、Bが紹介した昭和電線電纜の転換社債、同年五月一六日、日立製作所転換社債を各購入し、同年五月三〇日中国電力の株式を二〇〇株買い増し、同年五月三〇日、川崎製鉄の転換社債の買付をし、同日、昭和電線電纜の転換社債、日立製作所転換社債の各売却の取引をした(乙三)。
そして、平成元年一一月一五日東洋ゴム二〇〇〇株を三四一万二三六二円(一株一六九〇円)、同日更に二〇〇〇株を三六一万四二七九円(一株一七九〇円)で購入したものであるが、同年一二月一四日には東洋ゴムの株式を一株二〇一〇円で売却し、右株式取引により約六八万近い利益が出た。
右利益金については、被告会社から原告に支払うというのではなく、被告会社にて預かり継続的に取引を行うというものであった。
このような利益が出たということで、原告はBに対して信頼を強めるようになった。
二 本件ワラントの購入について
平成元年十二月一四日、Bより昼頃電話で「日通株を買う。」、同月一五日に「住友不動産株を買う。」との連絡を受け、ワラントを買うとの認識ではなく株式を買うとの認識で、株式や転換社債の購入であると思い、言われるままに買付を依頼した、と原告は主張する。
買付費用である八一三万一六八七円については、原告が当時有していた東洋ゴム株式会社の株式を売却した代金で被告会社に預けている金員と、原告が手持ちの金員四一万七九一九円を被告会社に振込んで工面した。
右送金後二日位してから、被告会社から「取引・応募報告書」(甲一の一、二、二の二)及び「外国証券・外国証書取引報告書」(甲二の一)が送付されたが、原告はその意味が理解できず株式取引と思っていた、と原告は主張する。
同年一二月二七日、被告会社の大阪支店に来社するようにBから言われ、大阪支店で部長のEに会って、原告は同部長より取引についての礼を述べられたうえ、粗品をもらっている。
被告会社は、原告から「ワラント取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)(乙二)、「外国証券取引口座設定約諾書」(乙七)の署名押印したものを受取っている。
確認書には「私は、貴社作成のワラント取引についての説明書の内容を理解し、私自身の判断と責任においてワラント取引を行うことを確認します」旨の記載があり、確認書の受領印の記載から、平成元年一二月二六日ころに右書類は、原告が署名押印したうえ、被告会社が受領している。
また、「外国証券取引口座設定約諾書」については、平成二年一月一五日原告が署名押印し、被告会社は同月一八日にこれを受取っている(乙七)。
被告会社の受付票によれば、平成元年一二月二七日付けにて、東洋ゴムの株式の預り書と本件ワラントの預り書の差し替えをしているが(乙九)、本件ワラントの預り書は郵送で為されていることが認められる。
ところで、平成二年一月になって、原告は被告会社東京事務センターから「外国新株引受証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「説明書」という。)の送付を受けた。
右説明書には、ワラントの概念、仕組み、リスクについて記載されており、これを受取った原告は、買値に戻らないときには価値が無くなるとの記載があったことから不安になり、Bが原告のタクシーを利用した際にBに尋ねたことがある。
Bは原告に対して、「株価が上がればワラントも上がり、株価が下がればワラントも下がる。現在は下がって申し訳ない」と答えていた。
ところが、その頃いわゆるバブルの崩壊が始まり、株価は平成元年一二月末をピークとして平成二年一月から急降下している(乙一六)。
Bはこの株価の変化について、これまでの株式市場の動きは、下がったときには買増ししておけばまた戻し、前よりも株価が高くなるという動きの繰り返しであったことから、株価の下落は一時的な調整で、待てば買値まで戻す可能性が高いと判断していたので、原告にもその見通しを伝えて、原告は専門家のBの意見に従うということでそのまま株価が下落し続けるのに売却せずに保持し続けた(B平成六年一二月二〇日供述調書一〇丁)。
平成二年七、八月頃、Bと原告で相談して本件ワラントを一旦売却することにしたが、翌日更に価格が下落したので売却を中止し、そのままの状態で所持していた。
平成三年三月頃、Bが上司であるC部長とともに原告のタクシーに乗り合わせた際に、BはCから、原告に損害を出させながら早期処分をしていないことで叱責を受けた。
そのことにより、原告は、Bに対するこれまでの信頼感を失った。その後も、ワラント価格は下落を続け、平成三年四月、原告はB及びCと損害の解決策について話し合い、BとCは原告に、ワラントと原告の株式を売却して外国株式を買って損害を取り返すことを勧めたので、原告はそれに従い、平成三年六月一三日に本件ワラントを売却したところ、売却価格は日通ワラントが三五万二三一五円、住友不動産ワラントが一〇万五六九四円であり、購入価格からすれば、合計七六七万三六七八円の売却損を出した。
三 説明義務について
証券取引はリスクを伴うものであるが、投資家が自己の利益追求を目的として行う経済活動であり、投資を行うについての情況や資料は投資家自身によって調査、収集して自らの責任で当該取引の危険性の有無程度を判断して行うべきものである(自己責任の原則)。
しかしながら、証券会社と一般投資家との間では、証券取引についての知識、情報につき質的な差があり、証券会社は、一般投資家に対し、投資商品を提供することにより利益を得る立場にあるのであるから、証券会社が投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家が当該取引に伴う危険性について、的確な認識を形成するのを妨げるような虚偽の情報または断定的判断を提供してはならないことはもちろん、投資家の財産状態や投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うものである。
また、一般投資家に内容が複雑で危険性の高い投資商品を勧誘する場合には、当該投資家が、その商品の取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって必要な当該商品の内容、当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うこともあるというべきである。
右の前提から本件ワラント取引についての説明義務について判断すると以下のとおりとなる。
Bの供述によれば、平成元年一二月一四日、Bは原告に日通ワラントを紹介したのであるが、それ以前の二、三週間前にもワラントの話は原告にしており、当日も電話でワラントについて、ワラントは新株を予め定められた価格で引き受けることのできる権利であること、権利の行使期間が定められており、期間経過によって権利の価値を失うこと、ワラントの価格は株価に影響され、株価の三倍程度の値動きをするハイリスク、ハイリターンの商品であることについて二〇乃至三〇分間程説明し、日通のワラントについては、日通は不動産を多く所有しており、ワラントの値上がりが見込まれることについて説明したところ、原告は一旦は見送ろうとの態度を示したが、再度のBからの電話で了解し、翌一二月一五日には同様の説明で住友不動産のワラントを購入することを了解したと被告会社は主張し、Bもその旨供述をしている(B平成六年一〇月二五日付供述調書一九乃至二一丁)。
原告はこれに対して、本件ワラントについては、Bから電話のある前には何も説明が無かったし、電話のときもワラントについて、B主張のような説明は無かった。原告は電話の時にも日通の株を買うという事と理解しており、電話での話も二分程度であった、と供述する(平成六年六月二一日付原告供述調書一七乃至一九丁)。
Bと原告の間では右のように供述が食違うのであるが、いずれの供述を信用するかについては、ワラントについての会話は、Bと原告のタクシーの中での会話及び電話でのものであるので、供述を裏付ける客観的な証拠がなく、これまでの取引の経過や双方の供述の信用性から推察する他はない。
そうすると、原告はBと知り合ってから、これまで原告がしたことのない株式や転換社債の取引をして、平成元年一二月一四日には、東洋ゴムの転換社債を売却して六八万円程度の利益が出ていたことから、原告はBに対して信頼を強めており、Bの言うことであれば容易に従うとの状態であったこと、また外貨建ワラントの仕組みは複雑であり、これまで取引を経験したことのない者にとっては、一回程度の電話で容易に理解できないものであること、原告は翌年の平成二年一月に被告会社から送付された説明書により取引が株取引ではなくワラント取引であることを知ったものである、と供述していることからすれば、Bの供述は信用し難い。
仮に、B主張のような説明があったとしても、原告のこれまでの職業経験や生活体験からして、原告がワラントについて充分に理解したものとは到底伺われない。
原告は平成二年一月に被告会社から送られてきた説明書を見て初めて、ワラントは行使期間を過ぎれば無価値になるとの不安をいだいたことからすれば、本件ワラント購入時には、ワラント取引の内容についての明確な認識もなかったものと認められる。
Bとしては、事前に説明書を交付するなどして、ワラントの仕組み、危険性などについては説明したうえ、原告が右説明を理解したかどうかを確認した上で取引しなければならないのにそのようなことをしていない。
Bが原告に対して電話したときに、原告は一旦見送ろうとの態度を示し、二度目の電話の際に購入を決めたと、Bは供述するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はなく、仮にそうであっても、ワラントの仕組みの複雑なことからすれば、原告がBからの電話によりワラントの仕組みを理解したものと認めることはできない。
被告会社は、証券取引のように、刻々価格が変動する商品への投資を勧誘する場合、一刻も早く顧客の注文を取付け執行しないと売買チャンスを逃してしまう恐れがあるため、勧誘は電話でなされる場合が伝統的に多い、と主張するが、電話による取引が是認されるのは、証券取引に経験を積み、商品の内容について理解する程度になっている顧客に妥当するものであり、原告のような経験も浅く、かつ、ワラントのような危険性を伴う複雑な商品が対象である場合には、適切ではない。
なお、原告は、Bが原告に本件ワラント取引を株取引であると誤信させて購入をさせたと主張するが、右のような意図までは本件証拠によっても認めることができない。
そうすると、被告会社の担当者であるBの本件勧誘行為は、原告が多少の投資取引経験はあるものの、素人に近い状態であることからすれば、信義則上、本件ワラントの購入の意思決定に当たって必要な当該商品の内容、当該取引に伴う危険性について説明する義務を尽くしていない違法なものというべきである。
原告は、本件ワラントの購入当時は年齢が六四歳であり、また、これまで投資経験のないものであり、金融資産が一〇〇〇万円に満たないものであるから、証券取引の適合性に欠けるものである、と主張する。
しかしながら、本件ワラントの購入までには、株式取引、転換社債の取引を約一年にわたり継続しており、年齢の点からも直ちに適合性の原則に欠けるとは言い難い。
四 過失相殺
ところで、原告はそれまでBとの間で株式や転換社債の取引を繰返していたものであるから、本件取引を開始するに当たり、原告に於いて、更にBに詳しく聞くとかして僅かの注意を払えばワラントの危険性をより具体的に理解できたのであり、本件取引開始後ではあるが、本件ワラント取引報告書、説明書の交付を受け、ワラント取引に関する確認書や外国証券取引口座設定約諾書に署名押印したうえ被告会社に送付しており、本件取引がワラント取引であることを認識したこと、それにもかかわらず本件ワラントの処分についてはBに任せ、自らの責任に於いての判断をしなかったこと及び前記認定の本件勧誘行為の違法性の程度その他前記認定の諸般の事情を考慮すると過失相殺として、本件取引により原告の被った損害額の五割を減じるのが相当である。
五 責任
Bが被告会社の従業員であることは争いがなく、前記認定事実によれば、被告会社の事業の執行として行ったものであることは明らかであるので、被告会社は従業員の不法行為による民法七一五条上の責任がある。
六 原告が本件取引により七六七万三六七八円の損害を受けたのであるから、原告の本訴請求のうち前記過失相殺した三八三万六八三九円が損害として認められる。
七 弁護士費用
本件訴訟を追行するについて弁護士費用が必要であり、右も本件についての損害である。本件事案からして弁護士費用としては四〇万円が相当である。
第四 よって、原告の本訴請求は、被告会社に対して金四二三万六八三九円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払う限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 島川勝)